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中国に服従する世界一屈辱的な儀式が沖縄で復活していた

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『三跪九叩頭の礼

三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい)とは以下のような手順で行われるが世界で最も屈辱的な礼といわれている。
叩頭 (こうとう) とは額を地面に打ち付けて行う礼である。
三跪九叩頭の礼は以下の手順で行われる。


「跪(ひざまずけ」の号令で跪き

三跪九叩頭の礼

  • 「一叩(または『一叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
  • 「二叩(または『再叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
  • 「三叩(または『三叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
  • 「起」の号令で起立する。

これを計3回繰り返すので、合計9回、「手を地面につけ、額を地面に打ち付ける」こととなる。

紫禁城の前庭での国事祭礼において、皇帝の前で臣下が一斉におこなった。
また、琉球王朝や李氏朝鮮では、中国からの勅使に対し、王が王都の郊外に出向き、自ら三跪九叩頭の礼で迎えていた。その郊外の地が琉球の場合は守礼門であり、朝鮮の場合は迎恩門である。

琉球王朝は冊封使を迎えるために立派な門、通称守礼門をつくり、宮殿にてこの三跪九叩頭の礼をとっていた。

清の皇帝に対する臣下の礼であり、三跪九叩頭を行って皇帝に拝謁することはその臣下を意味しており、国としては隷属的な扱いになることを意味する。

 

世界で最も屈辱的な礼の儀式が沖縄で復活していた

琉球王は明(のちに清)の皇帝に認めてもらって初めて正式に王位に就くことになる。
これを「冊封」といい、皇帝の使者が琉球に来て首里城で国王を任命するのが、冊封儀式だ。
冊封使を迎えるために琉球で建てられたのが守礼門である。

冊封とは中国の周辺国の王が、中国皇帝に貢物を捧げて、皇帝の名の下にその国の王様であるとお墨付きを貰う事です。
宗主国対藩属国という従属的関係におくことをさす。
その儀式の中で行われるのが三跪九叩頭の礼である。

その儀式が600年の時を経ていつの間にか首里城祭りの中で復活していたのである。

これを見た沖縄や本土の人は首里城の主は琉球王ではなくて中国の皇帝だったとイメージするのではないだろうか。

首里城祭・冊封使行列・冊封儀式イベント案内

 

韓国(李氏朝鮮)で行われていた「三跪九叩頭の礼」

『三跪九叩頭の礼

清(中国)からの使者を迎えるための門が迎恩門であり、李氏朝鮮は清国の属国であったため朝鮮の歴代の王が、ここで屈辱的な『三跪九叩頭の礼』を行い中国の皇帝の使者を迎えていた。

高麗王朝より文化が衰え、経済が疲弊した李氏朝鮮は、宗主国の大清帝国に献上できる物産がなかったので、女性と少年を集めて献上していた。

イギリスの対応

1793年、イギリスの外交官ジョージ・マカートニーは、乾隆帝に謁見した際に三跪九叩頭の礼を要求されるが、これを拒否してイギリス流の儀礼を押し通した。
貿易改善交渉・条約締結は拒絶され帰国することになる。
次のアマーストも同じく拒否し、謁見を許されずに退去させられています。

日本の対応

1873年、台湾出兵の処理に赴いた特命全権大使副島種臣は、同治帝に謁見した際に三跪九叩頭の礼を要求されるが、古典(五倫)を引用して立礼を主張し、最終的に立礼で通した。

あえて沖縄で世界で最も屈辱的な礼といわれている儀式を復活させた意図は何なのだろう。
この儀式をを中国人が見たらさぞかし痛快な儀式として映るだろう。

 
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