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日本が韓国にしたひどいこと、何てことをしてしまったんだろう

更新日:

日本はひどい

日本は過去に大韓帝国を併合していたことがあります。
その時に日本は韓国になんてことをしてしまったんだろう。
学校を作り、文字を教え、鉄道を敷き、人口を2倍にして国を豊かにしてしまい、風呂に入ることさえも教えてしまった。
本当になんてことをしてしまったんだろう。



 

併合前まで韓国は事実上、清の属国だった

出典 ja.wikipedia.org

併合前の韓国は今の中国にあった強大な清王朝に支配されていた属国であり以下のような関係でした。

清との関係、ココがポイント

  • 朝鮮国王は清の皇帝によって任命される。
  • 朝鮮国王は清の使節をソウル城門まで出迎えなければならない。
  • 朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてない。
  • 朝鮮は、中国の属国の中でも琉球(現在の沖縄)よりも低い地位だった。
  • 朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならない。

1636年に李氏朝鮮は清に抵抗し、戦いになったことがありますが清軍の圧倒的な力には敵わず、高麗軍はあっという間に打ち破られ、その後250年間に渡り金品と併せて自国民、とりわけ婦女子を「清」に献上させられるとになる。

韓国にしたひどいことの1

清から独立させてしまった

1894年に朝鮮半島の支配をめぐって清(現在の中国)と日本の間で日清戦争がはじまりました

日本軍約24万人に対して清軍約63万人、圧倒的な兵力の差を見た欧米列強は日本の敗北を予想していた が、わずか8ヶ月で大勝しました。
日清戦争に勝利した日本は翌年に下関で清と講和条約を結び、朝鮮の独立を認めさせることになります。

1000年にも及んだ清の支配から解放させることになりました。
1897年、朝鮮王朝は独立国であることを明確にするため、国号を大韓帝国と改めます。

1910年に、韓国併合条約が調印され、日本は大韓帝国を併合し、その領土であった朝鮮半島を領有することになり、この後、日本による統治は1945年(昭和20年)9月9日に朝鮮総督府が米国に降伏するまで、35年間続きます。

この35年の間に日本は大韓帝国に対して様々なひどいことをしたと言われている。

どんなひどいことをしたのでしょう。

韓国にしたひどいことの2

100校しかなかった小学校を4000校にも増やしてしまった

韓国を併合した当時は100校にも満たなかった小学校を30年かけて4000校以上にも増やしてしまった。

学校に行けなかった常人(小作人)や奴卑の子供も通えるようになり、その結果、韓国は併合前、総人口の1%しかなかった就学率が昭和18年には61%にまで達している。

日本統治以前の李氏朝鮮において、教育を受けられたのは「両班」といわれる支配階級の子弟だけで、識字率は10%以下しかなかった。

日本の教育政策で朝鮮半島を近代的な教育システムにしてしまったが、しかし、子供たちにはありがた迷惑だったのではないだろうか、窮屈に勉強するより外で自由に遊んでいたかったろうに、子供たちの自由を奪ってしまった。

日本は子供たちになんてことひどいことをしてしまったんだろう。

韓国にしたひどいことの3

ハゲ山だらけだった土地を緑豊かな土地にしてしまった

朝鮮半島は花崗岩台地の山岳地帯で、緑が育ちにくいということもあるが、併合前に統治をしていた李王朝が財政が破綻したため農民に森を開放し、好きなように伐採させ、土地の使用料を徴収する政策を取りました。

しかし計画的な植林などの計画は毛頭なく金が入ればよかったようで、山が荒れようが、災害が起ころうが知ったことではなかったのです。
国土の保全などどうでもよかったようです。

ちょっと雨が降れば大洪水が起こり、多くの命が失われました。
そのため日本政府は地産事業として植林を行うことを決定しました。

造林事業は1911年には、1152万本だった森林がが1922年までの累計は個人の造林事業などを含めるとおよそ10億本に至ったと報告されています。

しかし後に韓国では日本が韓国を支配するようになってから森林資源を略奪されたことになっていて教育では”日帝の森林収奪”と呼ばれ教えられています。
韓国人はハゲ山が好きだったのかもしれないのに緑にしてしまった。

日本は韓国になんてひどいことをしてしまったのだろう

韓国にしたひどいことの4

両班を廃止して奴隷制度をなくしてしてしまった

日本は朝鮮半島の統治をはじめると、李氏朝鮮の最上位階級であった両班の特権を廃止しました。

両班は朝鮮における支配階級のことを指し、労働することは卑しい者がすることという考え方があり、労働を蔑視していたためとにかく働くことが嫌いでした。

朝鮮の階級制度は、最上位に特権階級である両班、その下に普通の人である中人、その下に常人(小作人)、その下に賤民(奴婢、白丁)がいる形となっていました。
賤民は奴隷階級であり、品物のように売買・略奪・相続・譲与・担保の対象となっていました。
常人にも人権はありませんでした。

両班は、国家と民衆を食い物にしていました。
両班は、金がなくなると、使者を送って商人や農民を捕えさせ、その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄され、食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。

働かなくても食べていけていたのに日本の統治のおかげで、その特権がはく奪されてしまった両班にとっては不快この上なかったでしょう。
「1909年に日本政府によって韓国統監府が設置されると、戸籍制度を導入することで、人間とは見なされていなかった姓を待たない白丁を始めとする賤民にも姓を許可し、身分差別を撤廃し 、身分開放された白丁も学校に通うことが許可されました。

奴隷制度を開放し、身分に関係なく学校へ通えるようにしたが、 両班はプライドだけは高く、身分の卑しい者たちとと席を同じにして学ぶなど許せることではなかった。 その結果、支配階級から恨みを買ってしまった。

日本は働かなくても食べて生ける支配者階級になんてひどいことをしてしまったのだろう。

韓国にしたひどいことの5

支配者階級から農地を取り上げ農民に与えてしまった

日本は1911年から土地調査事業を始めて、農業基盤を整備し、所有権を確定することにしました。

それまでは、土地は国や門中(一族)のものであったために所有者が特定できなかったが、この措置により農民や地主の名義での所有が認められ、自作農は自分の土地の主人となり、地主は余計な税金を納めることなく土地を所有できるようになった。

これは、長い間自分の土地をもたないまま支配層の奴隷として生きてきた農民にとっては、大変喜ばしいことだったが、しかし、好きなように略奪をしていた支配者層にとっては、経済基盤を奪われた「略奪の歴史」に他ならないため、働かなくて生きる術を奪ってしまった。

働くなくても食べていけるこんないい特権を奪ってしまった
日本はなんてことをしたんだろう。

日本はひどい

韓国にしたひどいことの6

水利事業を行いコメの収穫量を3倍にしてしまった

併合前の朝鮮稲作は非常に遅れていた。特に灌漑施設が不十分で、殆ど雨水だのみの状態だった。

李朝時代の朝鮮では、3 月から 6 月までが食糧が不足する飢餓の時期に当たり、この季節を迎えると総人口の 6 割が山野で草根樹皮 を採取して生命をつなぐ状態であった。

さらに、両班にむしばまれ、小作農は大 なり小なり慢性的な食糧難と借金苦にあえいでいました
干上がった土地を潤すには水利事業が必要でありそのため、米増殖計画を日本政府が立てて大規模灌漑施設の工事を進めたことにより、米の収穫量が3倍増になった。

韓国にしたひどいことの7

ハングル文字を定着させてしまった

15世紀に李氏朝鮮四代国王である世宗がハングルをつくりましたが、漢字を権威として使っていた両班の抵抗で普及しませんでした。

中国の属国であった朝鮮では長らく漢字が重んじられ、朝鮮オリジナルの言葉が失われていました。

難解な漢字ばかりなため、文字が庶民に普及せず、識字率が極めて低かったため朝鮮半島に産業・商業が育たない原因となっていました。
両班の過酷なまでの収奪に加えて知識を伝える文字が貧弱なため社会の発展が阻害されてしまったのです。
それが日韓併合前の朝鮮の現実でした。

そこで日本政府は漢字という一部の特権階級しか理解できなかった文字から庶民の一部が理解していた文字を普及させた。

日本が日韓併合後にハングル文字を普及させたからこそ、現在の韓国や北朝鮮でハングル文字が定着しているのです。
朝鮮語を必修科目としてハングルを学ぶことになり、識字率も併合時の 10% から 1936 年には 65%に伸びています

文字なんか読みたくなかったかもしれないのに、 日本はなんてひどいことをしてしまったのだろう。

 

韓国にしたひどいことの8

乳出しチマチョゴリを止めさせてしまった

18 世紀以降、朝鮮の女性向け民族衣装「チマチョゴリ」に変化が起きました。

この頃から「長男を生んだ女性は乳房を露出する」ことが習慣化したのだ。
「乳出しチョ ゴリ」である。 当時の朝鮮の男尊女卑的な思想では「長男を生まない女性に価値はない」との考えが支配的なためかこのような風習が広まったのだ。

当時の朝鮮 の女性はこの衣装を「長男を生んで社会的義務を果たした」として誇りに思っていたのである。

こんな風習を辞めさせるなんて、日本はなんてことをしてしまったんだろう!!
これは日本の戦犯リストの一番目に乗せるべき政策だ。





日本からの独立した記念碑、独立門の矛盾

韓国にしたひどいこと

独立門

韓国では独立門は日本からの独立を記念して建てられたとして教えられているが、独立門建設の歴史背景をから考察すると矛盾が見えてくる。

元々独立門が建てられていた場所には迎恩門があり、それを壊して独立門が建てられている。
迎恩門は現在のソウル特別市西大門区の西大門独立公園に建てられていた。

李氏朝鮮は清国の属国であったため朝鮮の歴代の王が、中国の皇帝の使者を迎えるための門であった。
中国からの勅使に対し、王が王都の郊外に出向き、自ら三跪九叩頭の礼で迎えさせられていたていた場所なのである。
朝鮮の場合は迎恩門であり、琉球の場合は守礼門であった。

三跪九叩頭の礼の手順

「跪」の号令で跪き(ひざまずき)

  • 「一叩)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
  • 「二叩)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
  • 「三叩)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
  • 「起」の号令で起立する

三跪九叩頭の礼を尽くした後、その清の使者に貢物を献上するための儀式の場所であった。
このように当時の李氏朝鮮は清の属国であり、主権はなかった。

韓国にしたひどいこと

日清戦争で日本が勝利し、1895年の下関条約で、清の属国体制から李氏朝鮮は離脱でき、日本のおかげで大韓帝国が成立した。

それを祝い、迎恩門を取り壊し、1896年11月21日定礎し、1897年に独立の記念として新たに独立門を同じ場所に建てた。
柱にも「1897年11月20日」と建立された日付が刻印されている。

1910年に日韓併合が行われ、日本による統治は1945年まで35年間続くことになる。
ちょっと待ってください、この門が日本からの独立を記念するものであれば1945年以降の建立でなければつじつまが合わないのだが。

韓国では独立門建設の歴史背景が正しく教えられていないため、そのために独立門は今だに「”日本からの独立”を記念する門に決まっているだろう」とほとんどの韓国人が答えるそうである。

韓国では日本に併合された36年間を除きそれ以前は「有史以来、朝鮮半島の国は独立国家・主権国家であった」とよく主張するのだが、迎恩門を見る限りその主張にも矛盾が見える。

 

その他日本が行った色々なひどい事

これはひどい

  • 人口の30%を占めてた奴隷を解放して幼児を含む奴隷の児買を禁止した。
  • 会社が作られるようになって「物々交換」から「貨幣経済」に転換させた。
  • 3800キロ鉄道が引かれて、港が造られて、電気が引かれた。
  • 二階建て以上の家屋が造られるようになって入浴するよう指導した。
  • 平均寿命が24歳 だったのが56歳 に伸びた
  • 韓国の人口は日韓併合の36年間で倍増した。
  • 日本企業による約170の大工場が主要都市の周辺で新規に稼働し、韓国人数十万人を含む新たな雇用を生み出した。
  • 日韓併合以降、日本は韓国に現在の価値で60兆円もつぎ込んで行政の整備、インフラ投資・農業や教育の振興などを重点的に行った。
  • 結果として朝鮮半島の民は極貧の状態から大きく改善し、経済発展しました。

当時の李朝鮮は混乱し、防衛力もなく、財政は破綻し、国家的破産状態にあり、国としての体さえなしていない状態で崩壊寸前でした。
日本は年国家予算の10%から15%をつぎ込み朝鮮の近代化をすすめました。

日本の持ち出しでこれだけのことを日本がやり、当時遅れていた半島に近代国家としての基盤を作ったのですが、しかし、「日韓併合時代、日本は韓国の富を略奪しただけだった」としか教育で教えられていません。

日本のおかげだなどとはとんでもないことです。

こんなことまでしてお礼の一言もなく後に反日の恨みだけ買うことになるなんて、
日本はなんてことをしてしまったのだろうか。

 

写真で見る併合前と併合後の変遷

1888年 併合前、ソウル 南大門大通り

統治後1936年のソウル、南大門通り。

併合前、ソウル市内の庶民の暮らし

新興工業都市、興南(日韓併合時代、1942年)

併合後、朝鮮銀行前

 

欧米列強各国の搾取型植民地支配を目の当たりにしていた日本は、獲得領土を日本国内と同じように扱うという、欧米列強とは正反対の政策をとった。

「台湾も韓国も同じように日本の植民地」で日本の先進的な技術を用いて、同じように水利、電力、交通などのインフラ整備も行ったのに台湾は親日的でなぜか韓国は反日である。

台湾の場合は歴史の一環として悪い面もあるが、いいこともたくさんしてくれたと隠さず国民に教えてきたからだろう。

同じようにしてきたにも関わらず韓国からは未だに恨み事しか聞こえてこない。

後悔先に立たずとはこのことです。

ああ、本当に日本は韓国になんてことをしてしまったんだろうか。

 

チャングムのまやかし

ドラマでは
韓国にしたひどいこと

「チャングムの誓い」に代表される韓国の時代劇を見ると、ゴミ一つない街中、見事な建築文化にあふれた建物の中できらびやかな色彩に彩られた服に身をまとい活躍する人物たちが描かれていますが、はっきり言ってそれは”まやかし”です。
信じがたい話ですが19世紀まで韓国には染色技術がなく、人々の服には色がなく皆白い服を着るしかなかったのです。

支配階級の両班ですら通常は白い服で過ごし、色のついた服は必要な時にはお金を払い清から購入するしかなかったのです。

医者や技術者の地位が低く、文化や技術が伝承されにくい環境に加え、科学技術や地政学や医学の発達を考えるよりも日々の生活に追われていたためです。

現実の妓生と両班たちの暮らしぶり
日本がしたひどいこと

 

旅行記から見た李朝時代の韓国

併合前韓国がアジアの最貧国だったなんてにわかに信じられませんがそれを明らかにする資料があります。

英国の旅行家であるイザベラ・バードは1894年から3年間で4度、朝鮮を訪問し、その記録を綴った著書が「朝鮮紀行」である。
日本が清に戦争で勝ち独立させたのが1894年で、併合したのが1910年ですからその間に朝鮮を訪れた時の紀行ですが当時の素顔の朝鮮を描写している。

イザベラ・バードが見たソウル

都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。
礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の 住民は
主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。
一般民衆の住む場所は藁葺きのあばら屋で、通りからは泥壁にしか見えない。

路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、 荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。
おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。

酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、
土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、 犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。
蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した 排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。

周囲の山々は松の木が点在しているものの、 大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。
ソウルには芸術品はまったくなく、古代の遺物はわずかしかないし、公園もなければ、コドゥン[行幸](引用者注:国王と従者、官僚、兵士らが町中を行進する儀式)というまれな例外をのぞいて、見るべき催し物も劇場もない。

他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。
古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もないし、いまだに迷信が影響力をふるっているため墓地もない

胸を露出している女性の服装は、現在の韓国の民族衣装であるチマチョゴリの原型です。 家の跡取りである長男を出産した女性にしか胸の露出は許されず、乳出しは当時の女性の誇りだったようです。

韓国では、自分たちがかつて属国だった事実は認めれれらていません。

「ずっと自主独立の国だったとされていて「日本の統治がなければ韓国は今以上に発展していた」との考えが定説となっています。
韓国は5000年の偉大な歴史と文明を持ち大帝国を築いたと教育されています。

韓国の教科書は韓国に都合の悪いことは全て削除されています。
「韓国人は優秀な民族である。日本人は劣等民族であり、日本は悪である」と教えられています。

統治時代に日本は韓国におこなったひどいこととして「日帝三十六年の七奪」として教えられています。
何を七つも奪ったかというと、「国土、主権、生命、土地、資源、国語、姓名」の七つを奪ったとされています。

歴史をちゃんと検証すれば決してそのようなことはないと思われますが、戦後そのように教科書に載っているのですから、韓国ではもはやそうなのでしょう。
事実とは異なってもすでに規制事実としてそう教えられています。

事実を直視すれば偉大なる民族の末裔であるというアイデンティティが崩壊してしまうからです。

国の発展の基礎を作り、挙句の果てに日本が悪者にだけされてしまった。

 

韓国はなぜこんなにも反日なのでしょう

なぜここまで日本は恨まれなくてはならないのか疑問に思ったことはありませんか。
「中華思想」というのをご存知でしょうか。
中華思想とは中国王朝が宇宙の中心であり、その文化・思想が神聖なものであると自負する考え方で、花が咲きほこっている国という意味で「中華」といい、漢民族の文化と思想が世界で最高の価値を持つとみなされる考え方です。

中華思想は円錐形をイメージすると理解しやすく、近い国は高貴であり、距離が遠い国は野蛮とされる。

画像出典 日本の歴史

円錐の外へ行くほどもはや人間とは思えない野蛮人が住んでいる国なので、服従させ天子の得によってまともな人間にするのが良いこととされてます。

朝鮮半島は長い歴史の中で中国という超大国の存在に脅かされ隷属させられてきました。
そのため中華思想の影響を受け、朝鮮では小中華思想として根付いていて自らを中国に次ぐ文明国「小中華」と自負し、円錐の外側にある日本は夷狄(野蛮な国)と見下してみていました。

自分たちよりも野蛮で文化と思想が劣っていると思っていた民族の日本に併合され上に立たれたのだから許せるはずはありません。
小中華思想に従えば日本人は韓国人よりも絶対に下に属していなければならない存在なのであり、上に立つなどあってはならないことなのです。

このことから日本に対して深い「恨み」を持ち続けることになり、また長い間中国に隷属させられてきた民族の屈辱の思いが重なり、その鬱積した思いのはけ口が日本に向けられることになります。

「恨み」と「屈辱」と日本に支配された「劣等感」が混ざりあい、その後小中華思想をもとにプライドの再構築が図られ日本を悪とした徹底した「反日教育」が進められることになるのです。

これでは日本がどんな良いことをしても認められるわけはなく、話し合いでは解決できない根源があるのです。

”本当に日本は韓国になんてことをしてしまったのでしょう”

日本はひどい

 

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