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『日の丸』の歴史が面白い、サッカーを応援するなら知っておこう

      2016/05/04

日の丸

 

ある特定の国において日の丸はデリケートな問題を抱えているため、我々日本人ですら日の丸をどこか遠ざけている面があるが、以外にも海外ではそんな日の丸のデザインの評価が高いのだ。

あるランキングでは世界の国旗デザインで3位に、また国旗の人気ランキングでも7位と健闘してます。

そんなに評価が高いとは筆者の私も待ったく知らなかったのだが、調べてみると日の丸の歴史も古く、まつわるエピソードもたくさんありなかなか面白い。

日の丸について少し知っておけば、サッカーの試合などスポーツ観戦では必ず登場する日の丸を見るときにまた違った見方ができるのでは。

また一緒に観戦しながらお子さんに教えてあげれば、少し尊敬されるかも。

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日の丸の海外での評価

日の丸

 

海外での評判 ウェブサイト「Designweek」がデザイナー数人に「一番好きな国旗のデザイン」を質問したところ、英国のデザイナー、カズ・ヒルデブランド氏は「日本の日の丸」と答えた。

その理由は「最もシンプルな形でコンセプトを表現しており、象徴的、かつ見分けやすく、描きやすいから」ということだった。

ヒルデブランド氏は「白の中心に真っ赤な円を描くデザインはシンプルで力強い。
何者もこの空間には侵入させないという考えを表現している。
すばらしいデザインだ」と絶賛している。

海外からの日の丸に関するコメント

・なんて洗練されたデザインなんだ!
・これは最高のデザインだよ。シンプルで鮮烈なことが重要なんだ。
・日本の国旗は美しいよ。クリーンでシンプルだから、とても素敵に見えるよ。
・最も美しい国旗は日本とスイス。

ちなみに日本の国旗を英語では「the Rising‐Sun flag」という、なんかかっこいい響きですね。

 

日の丸の規格はちゃんと決められている

日の丸

 

正式には「日章旗」と言うが旗のサイズは縦と横の幅に比率が2対3にするということが決まっています。

そして日の丸の大きさについては縦の長さの5分の3を直径とした円(日章、日輪)を描くのが正しいと決められている。
上下・左右対称で方向性はない。

日の丸の大きさまでちゃんと決められていたんですね。
さらに重要なのが日の丸の色です。 日の丸の色は「紅色」と決められていて、印刷の時に色の指定に使われるマンセル記号の3R 4/14と決められている。

これは日の丸の色が鮮やかに見える色だからだ。

 農耕民族である日本人にとって太陽はかけがえのない存在であり信仰の対象であったのです。
従って赤い丸は太陽を表しています。

また日本と言う名前の由来も日の本と言って日が昇る国というところから来ています。
日本と言う国の名前がそのまま旗になっているんですね。
丸は「円満」や「団結」を表し、背景の白は清廉や神聖さを意味しています。

 

日章旗と旭日旗の違い

日章旗はもちろん日本の国旗である。
そして旭日旗は太陽をかたどった日章と太陽が放つ日光を意匠化した日本の旗である。

現在は陸上自衛隊と海上自衛隊で旭日旗が使用されている。
その理由は官民の区別をつけるためである。

武器を装備している海上自衛隊は、相手に「軍艦だぞ」という目印のために旭日旗にしているのです。

 

デリケートな問題の一例、 韓国人・旭日旗は日本の帝国主義の象徴だ!

日の丸

 

2013年の3月に予定されていたきゃりーぱみゅぱみゅの韓国公園が突如中止となった。
韓国の報道によると、「きゃりーぱみゅぱみゅの所属会社から公演中止の連絡があった」と報道されている。

公演中止については「具体的な理由は分からない」とされているが、韓国の音楽関係者は公演中止について、きゃりーがツイッターに掲載した旭日旗をモチーフにした画像をめぐる問題が影響を与えたとの見方を示している。

 

日の丸の由来

日の丸

 

日の丸は世界で1番古い歴史を持っている。

日本が長い歴史を持つ国であるために日の丸の歴史を正確にさかのぼることはできないのですが、続日本書紀』には701年に文武天皇が新年の祝賀儀式で「日像」の旗を掲げたとあり、これが「日の丸」の原型が歴史上に登場した最古の記録となっているようです。

「五条通」の鴨川に架けられた「五条大橋」は、平安時代末に牛若丸(源義経)と弁慶が出会ったという伝説で知られる橋。

乱暴者の弁慶は、千本の太刀を奪おうという悲願を立て、道行く人を襲っては太刀を奪い取り999本までになった。 そして、あと一本というところで、五条大橋を笛を吹きながら通る牛若丸と出会う。

弁慶は牛若丸に襲いかかるが、牛若丸は欄干を飛び交い、最後は返り討ちに遭ってしまう。
降参した弁慶は、その後牛若丸の家来になったという話はご存知の通りだが、このとき牛和歌丸が手に持っていた扇が日の丸だったというのだ。

義経はそのまま壇ノ浦の戦いに出ていくが、その時、源氏が平氏に対して掲げた旗は白地に赤の現在の日の丸だった。
一方の平家が掲げていたのは、赤地に金の日の丸だった。

「源平合戦で平家が勝っていれば、日本の旗は赤地に金の日の丸になっていたかもしれないのです。

長篠の合戦

日の丸

 

源氏の後に出てきた武将たちは、織田信長も徳川家康もみな自分たちは源氏の流れを汲んでいるという意識を持った。
そして彼らは戦いのときには必ず日の丸の旗を掲げたのだ。

たとえば長篠の合戦のときである。長篠の合戦は1575年5月21日早朝から始まった。
織田信長と徳川家康の連合軍が武田勝頼と戦い、壊滅的な打撃を与えた。

「この時、信長も家康も家紋をあしらった自分の旗を持っているのですが、連合軍として戦うときは日の丸を掲げていました。
対する武田側もまた、日の丸を掲げていました。

つまり日本を支配するのは自分たちだと思ったときには、日本の国印、日本全体の国の印として、日の丸のを掲げて戦ったのです。

 

日の丸2度目の危機

ペリー来航を受け、外国船と区別するための標識が必要となり浦賀奉行が船舶旗に日の丸を推す一方で、評定所一座等は「白地中黒」を船舶旗に、日の丸は幕府船の船印にすることを提案している。
幕府海防参与徳川斉昭と幕臣が協議した結果、日の丸が船舶旗に選ばれた。

その結果、1854年に日の丸を当てることが同7月9日、老中阿部正弘により布告された。

日の丸

 

場合によっては一番右側の「大中黒旗」が国旗になっていたかもしれない。
これに決まっていたらサッカーの応援をしていてもテンションは上がりそうにない。

「源平の頃から、1000年の文化の流れがあって、1853年に米国が開国を要求してきたとき、結果として幕府が日の丸を日本の旗として定めたのだ。

このように日の丸は日本の文化の中からごく自然に生まれ育った長い歴史を持つ旗なのだ。
1870年には明治政府により、日の丸が日本の商船や軍艦を示す「御國旗」として規定され、国旗として定着。

しかし、法律で正式に定められたのはつい最近だ

気が遠くなるほどの歴史を持っているのに日の丸の旗が法律上、正式に日本の国旗として定められたのは、平成になってからの話なんですね。
1999年(平成11年)に国旗及び国歌に関する法律の制定で日の丸が正式に国旗として定められた

 

日の丸に寄せ書きする時の作法

 

国旗に文字等を書く(寄せ書き)際、日の丸の部分には何も書いてはいけないという慣例がある。
これは、日の丸の部分が神聖とされていたからである。

日の丸の意味が分かっていれば日の丸に文字を書くことは自然と避けるのだろうが、寄せ書きをする場合は配慮をした方がよいだろう。

 

確かに一時期侵略の非難を受けて戦争に利用されたが、日の丸は千年の歴史の中でただ日の丸として存在してきただけであって、それを手にして戦争をしたのは人間だ。

日の丸が戦争に人を駆り立てたのではない、日の丸そのものに罪はないと思うのだが。

どこの国の国旗にも侵略したり、されたり、多くの犠牲者の血を流した歴史を持っているはずだが、なぜ日本の国旗だけ今もって負い目を持ち続けなければならないのだろうか。

日の丸

これを機会に日本の国旗について少し考えてみてはいかがだろうか。

 

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